夜間中学で取り戻せた学び

岩井先生と夜間中学

(2)

「元気ですね、生徒たちみんな」「私らが何も言わんでも、教室や廊下、便所まで掃除して
くれてます」昼間の生徒が1日の授業を終えて清掃している時、夜間の生徒は始業前に
掃除する。
「この教室あの子らが、もと使ってたのにね」「私らおばさん生徒に貸してくれて、アリガト
サンやね」そう言いながら雑巾がけをしている。私が「汚い教室、えらいきれいになった
ね」と礼を言うと「そらそうでんがな、自分らがこれから勉強するとこ、きれいにしとかな
勉強の神さん来てくれへん」ますます丁寧に掃除する。
この当時、3年生1学級、2年生2学級、1年生が3学級に分けられ、私の受け持ちは社会
科で1年2組の授業の時だった。生徒の現在の生活圏の近畿地方から始めた。仕事で
行った。遊びに行った。お参りに行った。友人がいる親や親戚がいる。特産物、方言な
どと語らいながら近畿2府5県の色分けをさせた。
「大阪府は桃色で、他の府県は好きな色で塗りわけましょう」と、白地図と色鉛筆を配り、
小西ワイ(54)さんの側へ来ると小西さんは、桃色でドンドン塗っている。
「小西さん、そこは海、線のこちらが大阪府、陸ですよ」「ハイ先生、陸ってナンですか」
「…」「小西さん、学校に来るのに歩いて来たところも、学校や家なんか建ってるところも
陸ですよ」「歩いて来た所は道、家なんか建ってるとこは土地と違いますか、道とか土地
とか言われたら分かるけど、”陸”習ってまへん」が、小西さんは「陸軍」は知っていた。ご
主人は陸軍で北支で戦死されていた。「海軍は海で戦争します。陸軍は陸(おか)や」
この小西さんが「25年目の教室」というNHKのラジオ番組に、天王寺夜間中学の7人の
友だちと出演した。それを次の年に再現された。NHKの朝の番組「こんにちは奥さん」。
司会者は鈴木アナウンサー。小西さんが映っている。
鈴木さんに白地図を見せながら「私、地図なんか知らんかった先生が地図に色塗りなさ
い言わはるから塗ってると、『そこに海ありますよ、そこは海ですよ』と言うて、線からハミ
出たとこ言いはります。私、どこに海があるのか合点がいきまへん。『海にはまりますよ』
言われても、どこに海があるのか、その時は分からしまへん」
鈴木アナウンサーは、「社会科で地図を習ったんですね」「学校へ行ってから、生まれて
54年目に。地図見たことないねんから」隣の椅子にいた高仁姥(コインスン)さんも「私も
地図なんか見たことありませんでしたわ。どこが海やら陸やら分かりませんでした」
鈴木アナウンサーは「小西さんも高さんも、学校でたくさん勉強してくださいね」「ハイ、毎
日通います」「あの高野雅夫さんが大阪に夜間中学作ってくれて、そのおかげで私ら勉
強できます。ホンマにありがたく思っています」

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