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地球発22時の特別番組として、山田洋次監督受け持ちの麦豆教室の
撮影も終わり、いよいよ四月三十日の放映を待つばかりとなった。
放送に先立ってシナリオが送られてきた。題は「校舎は私の恋人」とな
っていた。この題は拙書『オモニの歌』(筑摩書房刊)で、天王寺夜間中学生であった玄時玉(ヒョンシオク)<前述>さんが、卒業する時に書いた詩の一節であり、それを使って下さったのだ。そしてグラビアには教室で勉強しているオモニたちの姿、御幸森市場を案内しながら山田監督と話す私の写真が載っていておもはゆかった。
四月三十日が来た。午後十時、4チャンネルを回す。音楽が流れる。字幕が出る「山田洋次の地球発22時『校舎は私の恋人』」麦豆教室三学期終了式の風景だ。韓珍變(ハンチンソップ)さん初め何人かのオモニが、渡された表彰状を読んでいる。たどたどしいが真剣な表情だ。拍手する生徒や先生たち、そしてお楽しみ会の料理が映る。「今日は終業式、普段の授業と違います。持ち寄った料理があります。パーティです。でもカルチャーセンターではありません。読み書きを真剣に学びたい人のための自主夜間中学なんです」ナレーターは今は亡き渥美清、寅さんだ。次々画面が変わる。勉強しているオモニたち、観ておられる監督、終業式の後のお楽しみ会でアリランの唄に合わせて踊る生徒たち、次々と寅さん節が追っかけている。
「『先生、私は孫が学校から貰ってくるお便り、せめてあれだけでも読めるようになりたいんです』一年前にここに来たオモニの中には、そういう人もいました。それが今じゃもうすらすら読めちゃう。良かったね。今日は嬉しいよね、おっ母さん」寅さん節の本領だ。
やがて映像は、御幸森神社で対談している山田監督と私の場面に変わる。そして山田監督を囲んでの私や生徒たちの座談会、六人の生徒はそれぞれ、文字が読めなくて失敗した話し、困ったことの苦労話だ。そして文字を覚えてどんなに嬉しかったか役立ったかを話す。
次に映像は出席者のうち高(コ)さんの店、愛隣地区にある大寅食堂に、大阪の梅田の焼肉店、東大門の韓(ハン)さん。生野の玄(ヒョン)さんの生活をとらえる。寅さんのナレーションは詳細に解説していく。この教室に通う時間までの働きぶり、勉強が終ってからまた店で働く姿を克明に映し出す。そしてその合い間の勉強の姿から教育の本質に迫ろうとする山田監督の語りが映る。
「この自主夜間中学、麦豆教室の特徴は、生徒のほとんどが在日韓国・朝鮮人、しかもオモニ生徒であるということです。この教室の授業を見てみますと、日本人が今、頭を悩ましている教育をもう一度さかのぼって、その根源について考えてみる事、もう一つは在日韓国・朝鮮人の差別という歴史が、二重にこの教室から伺える訳です。取材してまず感じることは、『学ぶ、教える』という事は、本当は楽しいんだということです。今度の取材でですが、オモニたちがあるで恋人に逢うような気持ちで、麦豆教室へ通っているという話をしてましたが、それが何故、今の子どもたちに『学校へ行くのが楽しい?』という問いかけをすると、『楽しくなんかない』ということになってしまったのか・・・。やはり、教育にとって大事なことは、学校の主人公は生徒たちなのだ。子どもたちということを一番に考えなくてはならないと、僕はつくづく思いました」と語られて番組は終った。